2009年3月のアーカイブ

嘘も本当も無い世界

2009年3月14日
15年位前、とある百貨店でソフトボール位の大きさの球体型水槽がインテリアとして売られていた。
その球体の中を覗いてみると、底に小石が十数個、その脇に数本の水草が生えていて、
合間を熱帯魚のような小魚が4匹ほど泳いでいる。
球体は完全に密閉されており、酸素を供給する装置も見あたらない。
「これは何なんだ」と思い、脇に置かれたPOPを読んで驚いた。
何でもこの球体内だけでひとつの生態系が完成されているとかで、水をかえたりとか、
餌をあげなくても良いというのだ。(今も売られているかはわからない)

僕はそのことを知った瞬間、後頭部を鈍器で殴られたような衝撃を受け、
同時に絶望的な気分になったのを覚えている。

確かにその小魚達からしてみれば、他の魚に襲われる危険性はゼロだし、
荒波に飲まれることも無い。単純に同種の仲間とだけコミュニケーションを取りつつ
生きて行けば良いわけだから、最も理想的な世界がココに完成されていると言えるかもしれない。
しかし、彼らが一生を過ごす事になるこの密閉された球体はやはり病的な楽園だ。

さて、このコラムでも何度か言っているけれど、オンライン上の広大な海には、
様々な人々の思惑や価値観と言ったものが日々DB化され続けている。
ここでは蓄積される情報は、その質を問われることなく、全てフラットなデータとして扱われる。
それであるが故に、時として僕たちは前述の小魚のようになってしまう危険が常につきまとう。
何故なら、DBの世界は嘘も本当もない世界だからだ。

例えばここに一つの坂道があったとしよう。ある人から見れば上り坂であるし、
またある人から見れば下り坂である。あなたがもし、上り坂だと思いたければ、
DBからすぐにその答えを引き出し、あれは上り坂なのだと確信することが可能だ。
しかし、そこに辿り着くまでのプロセスで、あなたの耳には時折ノイズが入ってくるだろう。
あれは「下り坂」だと。

疑心暗鬼・確証バイアス

惑わされたあなたは疑心暗鬼になってしまう。一刻も早く自信を取り戻し、
安心を得なければならない。猛烈に不安を抱いたあなたは、
出来る限り耳を塞ぎ、ノイズを遮断し血眼になって確証バイアスを繰り返すことになるだろう。
大丈夫。DB上にはあなたを導いてくれる断片化された情報の数々が、
あらゆる所に用意されている。

ひとつずつ断片をつなぎ合わせ、徐々に確信に近づいてきたと感じるあなたは、
幾分か自信を取り戻してきたようだ。「よし、ここいらで一息いれよう」と一休み。
ふと横を見ると同じような思いでここに辿り着いた仲間が大勢いるではないか!
これは心強い。

それでも時折、遠くの方から声が聞こえてくる。「あれは下り坂だぞ〜」と。
これはいかん。一斉に非難の声をあげよう。
そして下り坂組の声が二度と届かないように、壁を築こう。
その為に必要なプロセスは、また確証バイアスを繰り返すことだ。今度は集団で。

さぁやっと頑丈な壁を作ることができた。もううざい声もここには届かない。
お互いを称え合い、時に慰め合おう。もう大丈夫だ。
これが思考停止という名の球体型水槽の完成なわけだった。

というわけで、
DBの海は、組み合わせによって、どのようにも解釈可能な断片の数々で埋め尽くされている。
だから人は無意識の内に疑心暗鬼にならざるを得ない。
嘘も本当も眉唾であることを頭では理解していても、そんな宙吊り状態には耐えられず、
知らずの内に球体型水槽の住人になってしまいがちだ。

だから、そのような危険性を常に意識し、自分を可能な限りチェックしてみること。
それは非常に難しく困難な事ではあるだろうけれど、
右も左も無い世界であることを知ってしまえる時代に生きている事実を認めた上で
ならば自ら築いた壁を乗り越えるべきなのだ。

自戒の念もこめまして。